野良時計

 家ごとに時計のなかった明治の中頃、土地の旧家で地主であった畠中源馬氏が自分で時計組み立ての技術を身につけ、歯車から分銅まで手づくりで作り上げた時計台。
この時計台の原型は、当時畠中家の台所にかかっていた八角形の米国製の掛時計で、これを何度も分解しては組み立てて時計の構造を学んだといわれています。
 古くから周辺で農作業をしていても遠くから時間を知ることができ、「野良時計」として現在も多くの人々に親しまれています。

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